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曽田 廣士 曽田 龍士 曽田 葉月
曽田 廣士
山口の地で創業し30年。自然と共に生きる住まいを提案し、自然環境への還元も見据え、健康で安全な住まいを提供し続けている。

廣士が生まれたのはちょうど山口市と萩市の中間あたり、日本海側の小さな村だった。吉田松陰で有名で、萩城があった地としても知られていた。また、今は活動しないが火山もあった。標高が高い山の中で、市内に比べて夏でも4度ほど低く、津波が来ても大丈夫なほど高いところだった。

そこで、幼い廣士は奔放に遊んだ。今では考えられないけれど、母親が弁当を持たせてくれて、ひとりで山に入ることもしばしばあった。

川には魚がたくさんいた。
廣士は父親が自作した水中銃のようなものを使い、それらを獲ることに夢中になった。またそれらは、家族の大事な食糧源にもなった。
とくにウナギは難しかったが、廣士は父親がやるのを見てコツを覚えた。やがて川を歩いていると、どの石の下にウナギがいるかわかるようになってきた。
けがは何度もした。足を切ると、母親がどこからかよもぎを摘んできて、塗るとすぐに治った。やがて免疫ができ、スズメバチに刺されても腫れることのない強い体になった。またケガをしないよう、前もって用心する能力も備わった。

つまり廣士は家にほとんどいつくことなく、当時はゲームなども存在せず、だいたい外で遊んでいる少年だった。

曽田 龍士
山口で生まれ育ち、住宅設計を経験。「優柔決断」を信条に、暮らしに寄り添う心地よい空間を探し続けている。
その頃はもちろんゲームは存在していたものの、親から与えられることはついになかった。

生まれは山口市で、しばらくは団地暮らしをしていた。放課後は友だちどうしで近くの山を探検したり、川で遊んだりして、5時のサイレンが鳴ったら帰る、という日々だった。
通学路のあぜ道も龍士たちにとっては格好の遊び場で、そこにはいろいろな生き物がいた。田んぼに水が張られるとカブトエビやカエルがどこからか現れ、落ち葉が舞う季節になるとコオロギが鳴く声が聞こえる。季節ごとに移り変わっていくそれらの生き物を、龍士はこよなく愛でた。

曽田 葉月
自然豊かな香川で培った美意識と女性ならではの視点を強みに、細やかな気配りで五感に響く日々の心地よさを設計している。
綾歌郡という内陸にある本当に何もない田舎で、ここで高校生まで過ごし、大学で山口に来た。そこで龍士と出会った。
卒業してからはしばらく別の街で暮らしていたけれど、4年前、結婚を機に山口に戻った。そこで葉月は「帰ってきた」という、得も言われぬ安穏とした感覚を得た。
故郷の香川とは、多くの自然に恵まれているところは共通していて、それも安心できる理由だったけれど、違いも同時に感じていた。香川は基本ずっと平地で、突如山がちょこちょこ、とある感じ。比べて山口市は360度山に囲まれ、車でどこを走っていても、遠くに美しい峰々をとらえることができた。


それはなかなか他の街では見ることのできない、独特の風光だった。
廣士、龍士、葉月。この3人に共通していたのは、幼い頃から美しい田舎で過ごしてきたからこその、自然に対する解像度の高さと深さだ。
車の中でも常に外を見て、何が綺麗か、何が気持ちいいかを考えている。山を見ていても、どんな樹木があるのかを見る。太陽の光を浴びてきれいだなと思っても、朝と夕暮れではその感じ方が違う。
そうした感性が、美意識に影響を及ぼしているのだとするならば。
