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境界をぼかす、
中庸の美学

原田 収一郎

境界をぼかす、中庸の美学
原田 収一郎

原田 収一郎

moar代表。窓越しに庭を愛で、軒下に余白を仕込む。室内と外、安心と野性。住まいと自然のあいだに余白を残し、住まいをひとつの風景へと立ち上げる。

僕は熊本に生まれ、親の転勤に伴って福岡や横浜を転々とする幼少期を過ごした。

五年のスパンで引っ越しを繰り返す生活。住まいはいつも賃貸で、自分の家というものを持ったことがなかった僕は、漠然と「戸建て」という存在に憧れを抱いていた。

家はそれほど広くなかったから、僕はいつも外に遊び場を求めた。 何より好きだったのは、秘密基地作りだ。

マンションの「立ち入り禁止」の場所やゴミ置き場の屋根の上。海辺の森にはロープのブランコを吊るし、山の中では崖を掘って防空壕のような空間を作った。そこにおもちゃや本を運び込む。誰にも見つからない、自分だけの「ちょっと閉ざされた空間」を探し歩く日々。

僕の本能の中には、あの頃から変わらない何かが、今も静かに息づいている。

この体験は、今の僕の設計に直結している。 人間には、外敵から身を守るための「安心感」という本能的欲求がある。一方で、自然というものは本来、人にとっては脅威であり、野性的なものだ。スイカに塩をかけることで甘みが際立つように、確かな安心に守られた場所からその野性を身近に感じることで、初めて住まいの居心地は深まるのだと思う。

だから僕は、安易な開放感は追わない。体育館の真ん中で布団を敷いても落ち着かないように、人は「開いたら閉じる」というリズムを必要としている。カーテンで視線を遮るのではなく、設計そのもので安心を担保し、窓の外の自然を享受する。それが僕の理想とする空間のあり方だ。

日本の風土に学ぶ、
時間の流れ

僕が日本の美意識に深く傾倒するようになったのは、神社の仕事を任されたことが大きなきっかけだった。 神道という、戒律を持たず、すべてを個の倫理観に委ねるおおらかな宗教。そこで触れた「大和言葉」や、二十年、三十年という長い時間軸で森を育て、技術を継承していく営みに、僕は抗いようのない魅力を感じた。

神社の建築は、日本の風土と宗教観が何百年もかけて育んできた、結晶のような美しさだった。 日本には、窓から庭を眺めるという独自の文化がある。 守られた場所から、あえて外の「脅威」としての自然を愛でる。この余裕こそが、日本の家づくりの原点ではないだろうか。

かつての庭は、外が自然だらけだったからこそ、あえて人工的な「刈り込み」を必要とした。けれど、窓のガードが強固になった現代においては、逆に野生に近い、森のような庭が求められている。

室内と屋外の境界を曖昧にする「軒下」のような余白。そこに情緒的な価値を詰め込むことで、住まいはただの箱を超えた、豊かな風景へと変わる。

中庸という、
曖昧な正解

僕の設計には「型」がない。 土地や施主との出会いの中に、家づくりのとっかかりが潜んでいる。相手の出方によって戦術を変えるサッカーチームのように、その土地ごとの「正解」を求めていくのが僕のスタイルだ。

一見無関係に見える知識――例えば寿司職人のこだわりさえも、建築のヒントになり得ると僕は信じている。

戦後、日本の住文化は急速に西洋化し、「LDK」という概念に支配されてきた。けれど、それが僕たちのゴールだとは思わない。 日本語は主語を省いても、空気で意思疎通ができる稀有な言語だ。そんな「空気を読む」感覚は、家族が同じ空気を共有して過ごさなければ養われない。個室に閉じこもる文化には、どこか違和感を感じてしまうのだ。 僕が目指しているのは、常に「中庸(ちゅうよう)」であること。

和風に偏りすぎるのでもなく、ただ真ん中を、良い状態を探り続ける。それはとても曖昧な作業かもしれない。けれど、その曖昧さこそが、日本的な美しさの本質なのではないだろうか。